開店祝いや開業祝いなど、お祝いのときに贈答花として贈られる高級花「胡蝶蘭」。仏事のときにも故人を見送る花として大切な役割を果たしています。そんな胡蝶蘭が見渡す限り広がっているのは、埼玉県さいたま市にある「黒臼洋蘭園」。実はこの胡蝶蘭がたくさん並んでいる光景は、自然の力と人間の技術が編み出した奇跡の光景なのです。今回は、美しい胡蝶蘭がなぜ大量に生産できるのか、胡蝶蘭に隠された秘密を探ってきました。
胡蝶蘭の原種は蝶ではなく蛾!?
「胡蝶蘭」と聞くと、白くて綺麗な花を思い浮かべる方が多いでしょう。
まるで蝶のような形をしていることから胡蝶蘭と名付けられていますが、最初からその形だったわけではありません。まずは、胡蝶蘭の原種について詳しく見ていきましょう。
胡蝶蘭の原種
胡蝶蘭の原産国は東南アジアで、木に根をはる着生植物として生息しています。なんと日本で贈答花として親しまれている胡蝶蘭は、このようにもともと木に寄生しているのです。
そんな胡蝶蘭の原種は、色や柄が混じったものがほとんどで、私たちが目にする白い胡蝶蘭とはまるで違います。
そもそも「胡蝶蘭」という名前も和名で、学名は「ファレノプシス」というそうです。「蛾のような」という意味で、羽を広げた蛾のように見えることから名づけられたとか。そうです、胡蝶蘭は、日本では蝶のような花ですが、もともとは蛾のような花なのです。
ではなぜ、私たちが目にする白くて美しい蝶のような形の胡蝶蘭になったのでしょうか?
日本人が求める胡蝶蘭
日本人は昔から、美しく、質がいいものを好みます。それは花でも同じです。そんな日本人の国民性から、贈答花としてふさわしい、傷ひとつない美しい胡蝶蘭が求められるようになりました。
しかし、蛾に例えられるような原種の胡蝶蘭から、現在の日本で流通している胡蝶蘭になるまで、一体どのように変身したのでしょうか?そこには、私たちには想像できないような、人間の努力がありました。
美しい胡蝶蘭の秘密は「受粉」と「交配」
胡蝶蘭が原種の姿から贈答花としての胡蝶蘭になるまで、品種改良を積み重ねてきました。品種改良といってもさまざまな手法がありますが、胡蝶蘭の品種改良で用いられるのは受粉の力を使った交配です。
ここからは、美しい胡蝶蘭が誕生するまでの受粉と交配について迫っていきましょう。
受粉とは?
受粉とは、小学校の理科の授業で習う、あの受粉です。受粉は本来、蝶や虫の自然の力で行われます。
胡蝶蘭の場合は、黄色い二つの目のような部分が花粉です。
そして花粉が雌しべの部分に入り込むことで、受粉をします。
胡蝶蘭は受粉をすると、「自分の役目は終わった」と、花を枯らせるそうです。なんだかかっこいいですよね。しかしその代わりに、花の根本が膨らみ、オクラのような形のサヤになります。
この膨らんだサヤの部分に、なんと約4万もの種が入っています。そのサヤが大きくなり、やがて裂けると、種が外の世界に飛び出していくのです。
ただ、外に飛び出した種がすべて発芽するわけではありません。約4万もの種のうち、自然に発芽できるのはたったの1つだけだそうです。
違う種類の胡蝶蘭をかけ合わせる交配
胡蝶蘭の品種改良は、上述した花粉の仕組みを利用して、違う種類同士の胡蝶蘭をかけ合わせる「交配」をします。違う種類の胡蝶蘭を人の手で受粉させるのです。
すると、また違う種類の花が咲きます。しかし、どんな花が咲くのかは、咲いてみないとわかりません。
そうやって、数えきれないほどの受粉と交配を繰り返していき、どの花同士を組み合わせると美しくて丈夫な胡蝶蘭を咲かせるのか、研究していくのです。
私たちが普段見ている贈答花の胡蝶蘭が交配によってできるまで、先人たちがどれだけの努力を積み重ねてきたのか、想像してもしきれません。
交配した胡蝶蘭はクローンで増やす
黒臼洋蘭園には、胡蝶蘭の中でも私たちが最も目にする白い胡蝶蘭が、綺麗に並んでいます。
しかし、不思議だと思いませんか?今ご紹介したように、この美しい胡蝶蘭を咲かせるまで、数えきれないほどの交配を繰り返しているのです。つまり、ここまでの数の美しい胡蝶蘭を全て交配によって咲かせるのは、現実的に難しいでしょう。
ではどのように美しい胡蝶蘭をたくさん生産しているのでしょう。
黒臼洋蘭園さんに足を運び、最初にハウスで苗を見させていただいたとき、黒臼洋蘭園の常務取締役の黒臼さんに、こんなことを聞かれました。
黒臼さん:「胡蝶蘭って、何からできていると思いますか?」
私:「種…?」
黒臼さん:「種ではないんです。実は日本の胡蝶蘭の9割は、クローンです。」
私:「クローン…クローンとは!?」
クローンって、あのクローン?
黒臼さん:「クローンとは、たぶん今高橋さんが想像してる、漫画に出てくるようなクローンです。」
私の頭の中は、漫画に出てくるようなクローン人間でいっぱいでした。(笑)
なんと胡蝶蘭は、クローン技術によって美しい花をたくさん咲かせることで、贈答花としてお祝いごとの場所に飾られていたのです。人間をクローンで増やすことは許されません。しかし、人間では許されないクローン技術を胡蝶蘭に活用すると、クローンで増えた胡蝶蘭の花が私たち人間を魅了してくれるのです。
交配によって同じ花は二度と生まれない
胡蝶蘭をクローンで増やすのは、美しくて丈夫な花をより多く生産するためですが、それと同時に、交配によって同じ花は二度と生まれないというのも大きな理由です。
たとえ、同じ2つの種類の胡蝶蘭を受粉させて交配したとしても、その胡蝶蘭がいる環境や持っている性質によって、生まれる花は多少なりとも違うでしょう。
今私たちが目にしている美しい胡蝶蘭が交配によってできたのも、何万分の1、もしくはそれ以下の確率でできた、奇跡なのです。
そんな奇跡の花を、クローン技術によってより多くの人が楽しめるようになりました。
クローン技術による胡蝶蘭の増やし方
実際にクローン技術を使って胡蝶蘭を増やすときは、どのように増やすのでしょうか?
細胞を茎頂(けいちょう)からとる
交配をして、美しく丈夫な胡蝶蘭が咲き、その胡蝶蘭を増やしたいと思ったら、胡蝶蘭の細胞を茎頂からとります。茎頂とは、花茎の節の部分です。
茎頂の中にある細胞は、ウイルスに感染していない「ウイルスフリー」の細胞のため、ウイルスに感染していない胡蝶蘭を増やすことができます。
茎頂からとった細胞は、フラスコの中で培養して苗にします。その苗を育てていくと、もとの胡蝶蘭と同じように美しくて丈夫な花が咲くのです。
こうして、今日本にある9割の胡蝶蘭生産者は、クローンで増やした胡蝶蘭を栽培しています。
マザーフラスコは絶対になくさない
これを増やしたい!と思った胡蝶蘭の茎頂から細胞をとり、培養して同じ胡蝶蘭を増やします。しかし、胡蝶蘭をどんなにクローンで増やしても、そのもととなった胡蝶蘭の株である「親株」や、最初のフラスコ「マザーフラスコ」は絶対になくしません。
クローンで作った胡蝶蘭をさらにクローンで増やしても、親であるもとの胡蝶蘭には敵わないからです。むしろ、奇形ができやすくなってしまいます。したがって、最初に「増やしたい」と思った親株やマザーフラスコからクローンを作るほうが、奇形が出る確率が低くなり、より綺麗なクローンを増やせるのです。
クローンで増やして終わりではない!常に交配を繰り返す胡蝶蘭
クローン技術によって、胡蝶蘭はお祝いのときの贈答花として親しまれるようになりました。しかし胡蝶蘭は、クローンで増やして終わりではありません。
その理由は、
「クローンによってできた花は、それ以上の花にはならない」
からです。
交配によって胡蝶蘭を生み出している人たちは、常に交配をし続け、よりよい胡蝶蘭を咲かせるために試行錯誤を繰り返しています。
バイオテクノロジーから生まれた贈答花「胡蝶蘭」
美しい胡蝶蘭を大量に生産できるワケには、交配とクローンという驚きの秘密が隠されていました。4万分の1の確率で咲いた花に、交配とクローンという人間の技術を加えたバイオテクノロジーによって、贈答花「胡蝶蘭」が生まれているのです。自然のパワーと、人間の技術と、それを生み出した人の努力や苦労があったからこそ、胡蝶蘭は贈答花としての気品ある雰囲気を放っているのでしょう。