贈答花の王様でもある「胡蝶蘭」。お祝いのシーンで飾られることが多く、凛とした出で立ちと花の美しさで、見る人を魅了します。そんな胡蝶蘭が、どのように育てられ、一人前になって出荷されるのか、考えたことはありますか?今回は、そんな胡蝶蘭が出荷されるまでの様子を、黒臼洋蘭園さんに密着してきました。そして胡蝶蘭には、美しく咲かせるために手を尽くす親たちがいました。
胡蝶蘭の苗が台湾からやってきた!
黒臼洋蘭園での胡蝶蘭の始まりは、苗からです。
苗がこの状態になるまでの間は、台湾で育てられます。理由は、台湾の気候や環境のほうが胡蝶蘭には適しているから。2年~3年の間台湾で育てられた胡蝶蘭の苗は、日本に渡り、黒臼洋蘭園での生活が始まります。
台湾からやってきた苗は、黒臼洋蘭園で大切に育てられ、美しい胡蝶蘭の花を咲かせて出荷されます。年間生産量は20万株にも上るそうです。さらに需要が多い年は、30万株出荷されることもあるんだとか。
30万株とは!驚きです。
そんな胡蝶蘭の苗が黒臼洋蘭園に来たら、どのようにして育てられていくのでしょうか。胡蝶蘭が黒臼洋蘭園に到着してから最初に行くハウスに足を運びました。
そこにいたのは、胡蝶蘭の生産工程に入る前の大切な前処理を任されている、和田さんと水谷さん。一体どんな作業をされているのか、突撃してみました!
届いた瞬間から始まる胡蝶蘭栽培「苗出し」
私:和田さんはいつもここで何をされているんですか?
和田さん:苗が箱で来たら、まずはすぐに箱を開けて、トレイに並べていきます。すぐに箱から出さないと蒸れちゃうんですよ。
胡蝶蘭が黒臼洋蘭園に来て最初に和田さんが行う、胡蝶蘭の苗を出して並べていく「苗出し」の作業。苗が蒸れないように、胡蝶蘭栽培は届いた瞬間から始まるのです。それも、もちろん適当に並べるのではありません。すべての胡蝶蘭の苗に最適な光が当たるよう、向きを考えながら並べていきます。
さて、胡蝶蘭を並べたら、次はどんなことをするのでしょう?
絶妙なタイミングを見逃さない「水くれ」
和田さん:花芽が伸びてきたら、水をあげてもらって、それから肥料をあげます。
ここで、ハウスにいたもう一人のベテラン社員の水谷さんの登場です。胡蝶蘭の苗に水をあげる「水くれ」という作業。水谷さんは胡蝶蘭を元気に育てて無事に次のハウスに行けるよう、水くれの絶妙なタイミングを逃しません。
胡蝶蘭の水くれは、1週間~10日に1回程度行われます。しかし、1週間~10日というのはあくまでも目安。実際は、胡蝶蘭の声を聞きながら、絶妙なタイミングで水くれをしているのです。
水谷さん:この苗は、まだ水はあげられません。ちょっと触ってみて!
胡蝶蘭の苗が植えられたポットに指を入れてみます。すると、少し水苔が湿った感じがしました。
水をあげすぎてしまうとダメになってしまう胡蝶蘭。しっかりと乾いてからじゃないと水くれはできないのです。
また、水くれの作業は、ただ水をあげるだけではありません。胡蝶蘭の生育状況を見ながら、肥料や殺虫剤なども与えていきます。
この葉っぱについている白いのが殺虫剤の跡です。
殺虫剤をあげることで胡蝶蘭の苗をダニから守ります。
美しい花を咲かせるには花が咲く前から「仮支柱」
和田さんが苗を箱から出して並べ、水谷さんが水くれをしたり、肥料をあげたりしていると、だんだんと花芽が伸びてきます。そこでまた、和田さんの出番です。
和田さん:ある程度花芽が長くなったら、仮の支柱を立てます。
胡蝶蘭は、花を美しく魅せるため、支柱を立てます。お客様の手元に届くときに立っている支柱は、このあとの工程「曲げ」で立てますが、和田さんは胡蝶蘭の花が咲く前の段階で仮支柱を立て、美しく花が咲くように花芽の向きを調整しているのです。
そしてこの仮支柱も、ただ真っすぐ立てるわけではなく、花が咲いたときに花の重さで下に向いてしまわないよう、真っすぐよりも少し後ろに沿わせるような形で立てているそう。
まだ花が咲いていないのに、最適な角度で立てる仮支柱。胡蝶蘭の花を美しく魅せるには、花が咲く前から手をかけるのです。
こうして、和田さんと水谷さんによって育てられた胡蝶蘭の苗。
約2ヵ月このハウスに滞在し、花を咲かせるくらい大きくなったら、いよいよ次のハウスへと進みます。
胡蝶蘭栽培の要!「曲げ」
和田さん、水谷さんのハウスで前処理が行われたら、胡蝶蘭の生産工程に入ります。胡蝶蘭の生産工程は全部で4つ。「曲げ」「組み」「植え込み」「補強」です。
まずは最初の工程「曲げ」の作業をしているハウスに行ってみました。胡蝶蘭栽培の要ともいえる曲げ。黒臼洋蘭園ではたくさんの人が働いていますが、中でも曲げの作業をする人はとても多いそうです。
そんなたくさんの曲げ担当の方の中でも、確かな腕と信頼を持っている富澤さんにお話を伺いました。
曲げの役割とは?
富澤さん:曲げの仕事は、支柱に対して花が平行になるようにすることです。
先ほど前処理段階で仮支柱を立てていましたよね。曲げの作業では、実際にお客様が胡蝶蘭を見るときに美しい角度になるよう、本支柱を立てます。
支柱に茎を沿わせてテープで留めることで、私たちがいつも見る美しい角度の胡蝶蘭になるのです。茎を支柱に沿わせるのも、力が弱すぎても強すぎても綺麗にはできません。絶妙な力加減で美しい角度に曲げる「曲げ」の作業は、経験を積んでなければできない仕事ですね。
ところで、富澤さんがおっしゃる「花が平行になるように」とは一体どういう意味なんでしょう?ここから私は、曲げの驚きのプロ技を目にしました。
支柱に沿わせるだけじゃない!花を左右対称に魅せる曲げのプロ技
富澤さん:お姉さん、ちょっとこれ見てみて。右側が少し下に向いているのわかりますか?
確かに、写真で見ると左側の花が、若干下を向いています。
富澤さん:これを曲げの人は、ねじってテープで留めて、左右対称になるようにします。
私:えーーー!沿わせるだけじゃないんですね!!
最初に富澤さんが言った「花が平行になるように」というのはこういうことだったんです。胡蝶蘭の花は、ものによって3本や5本の胡蝶蘭を鉢に植えて、お客様の手元に届きます。
このとき、富澤さんがおっしゃるように支柱に対して左右対称になるように曲げられていないと、鉢に植えたときに花の中で見えない部分が出てきてしまうそうです。
そんなことがないよう、曲げの人たちは、3本でも5本でも、どこの位置においても綺麗に見えるように、支柱に沿わせ、なおかつ左右対称になるようにねじり、それを的確な位置でテープ留めをしていきます。そしてこのねじる作業も、絶妙な力加減が必要です。
曲げの仕事は、まさにプロ技。ちょっとやそっとやっただけで習得できる技術ではありません。ですが、1日100本の胡蝶蘭を曲げているというから、驚きです。
曲げの心得は「すべてを綺麗に、丁寧に」
富澤さん:曲げの基本は、「すべてを綺麗に、丁寧に」です。新人さんがテープを留めるのも綺麗にできていないと、それはやり直してって言います。
胡蝶蘭を綺麗な角度で支柱に留めているテープ。確かにどの胡蝶蘭を見ても、テープが綺麗に留まっています。
富澤さん:胡蝶蘭は上から花が落ちていくから、花が落ちたときにテープが目立つんです。そのテープが汚いと、お客様が嫌じゃないですか。胡蝶蘭は安いお花じゃないので。
黒臼洋蘭園で働く人たちは、自分たちの手によって育てた胡蝶蘭が、お客様の手元に届いたときのことを常に考えながら、日々の作業を行っているんですね。
こうして綺麗に曲げられた胡蝶蘭がこちら。
富澤さんがおっしゃる「すべてを綺麗に、丁寧に」。一見当たり前のように聞こえるかもしれませんが、これが意外と難しいものです。しかしそれをきちんと実行し、綺麗に丁寧に曲げの作業を行っているからこそ、黒臼洋蘭園の美しい胡蝶蘭が誕生しているのでしょう。
曲げの作業はまさに、胡蝶蘭栽培の要なのです。
胡蝶蘭生産はまだまだ序盤!胡蝶蘭を育てる親が繋ぐ命
胡蝶蘭が黒臼洋蘭園に届いてから、前処理をし、曲げの作業をするところまで来ました。ここまで来ただけでも、プロの腕を目の当たりにして、「すごい!!」という言葉しか出てこなかった私です。しかし、胡蝶蘭生産はこれでもまだまだ序盤です。美しい胡蝶蘭をお客様の手元に届けるため、まだまだ黒臼洋蘭園の技術者たちが手を加えていきます。この続きはまた、次の記事で迫っていきましょう。