キング・オブ・ギフト、胡蝶蘭。その圧倒的なゴージャス感は今や誰もが知るところです。ただ胡蝶蘭と聞いてもう1つ、皆さんがイメージされるのがその値段の高さでしょう。相場としては1本1万円前後。当園でも100万円以上する最高級の胡蝶蘭が売られています。でも一体どうしてそこまで高いのでしょう? そこには種子発芽から開花、出荷まで、胡蝶蘭が持つデリケートな性質と、人々の情熱が込められていました。
胡蝶蘭の発芽率は低い
通常の植物であれば、種を植えれば花が咲くのは当然です。ところが、胡蝶蘭の場合は、実はそれが意外に難しいのです。というのも胡蝶蘭は「自力で発芽ができない」植物だからです。
胡蝶蘭は「着生(ちゃくせい)植物」といって、自然界では木の枝や皮などその表面に根を張って生きています。タネも一度にたくさん作りますが、蘭菌(らんきん)と呼ばれるカビの助けを借りないと発芽できません。蘭菌がタネの中に入る
確率はごくわずか。つまり自然界で胡蝶蘭が発芽して花を咲かせるのは、まさに
奇跡なのです。
では専門業者はどうやって、胡蝶蘭を発芽させているのでしょうか? そのキーワードは「フラスコ」。
フラスコの中で発芽させて3年間
胡蝶蘭を人工的に発芽させるときに使うのがフラスコです。無菌状態にしたフラスコの中に、蘭菌、さらには発芽に必要な栄養分を入れながら培養し、苗まで成長させていきます。
ただ、種から苗まで育てるこの作業は、実は日本で行ってはいません。日本の胡蝶蘭生産者の99%は台湾に委託して行っているのです。
というのも胡蝶蘭の原産地は東南アジア。もともとの生育条件に近い環境で育てようということで、当園が業界に先駆けて20年前から始めています。
いずれにしても、苗になるまでフラスコの中で育て、ある程度大きくなったら、今度は小さい鉢植えに移し替えて育てます。さらに大きくなったら、今度はより
大きな鉢植えに移し替え。これを繰り返すこと何と3年。今度は日本へ空輸し、
開花させていくのです。
1年365日 室温、日射量、風通しを徹底管理
発芽率が低く、フラスコの中で大切に苗まで育てられる胡蝶蘭。かなりデリケートな植物だということが分かりましたが、さらに、胡蝶蘭の生育が難しい点は「温度管理」。最適な温度のもとで育ててあげないと、品質に悪影響を及ぼすのです。それに加えて日本の夏、さらには冬の気温は、胡蝶蘭にとってかなりの大敵。
そこで、胡蝶蘭を栽培するためだけに造られた専用ハウスの中は、冷暖房が完備され、1年365日、24時間、徹底した気温管理がなされる最先端の技術が結集されています。
当然、冬の季節は、外は零度以下で寒い中、ハウスの中は30度の室温を維持され、胡蝶蘭にとって快適な環境が整っています。反対に、夏、人も動物も、さらには植物までも酷暑でうだる中、胡蝶蘭はそのハウスの中で、冷房が効いた
過ごしやすい状況下で生育されています。節約しようと1度違っただけでも、咲く花の数に違いが出てきてしまうとも言われています。
ハウスに搭載されている設備は「冷暖房」だけではありません。自然界だとジャングルの中で木漏れ日が入ることがよくありますが、これと同じような状況を作り出すべく、自動で作動する三層の遮光カーテンを完備し、日射量をコントロール。さらには風通しも人工的に管理するため、ハウスの上にある天窓の動きも制御。
またの苗床(なえどこ)の下には、温湯配管(おんとうはいかん)といって、下から温めるお湯がパイプの中を流れています。光熱費、水道代だけでも月に相当な費用がかかります。とりわけ、夏、そして冬の電力費は膨大なものになります。
もちろん、心配材料は単純に金額面だけではありません。スタッフは常に何かトラブルはないか、異変はないか目を配り、神経を行き届かせています。心休まるときは1日たりともありません。
美しさを演出する手入れ
生育に関わるスタッフは、そんな厳重な温室環境の中で、商品にするべく、こまやかな作業に取り掛かっていきます。
例えば「曲げ」。光合成をする花は、当然、太陽がある方向に向かって咲いていきます。しかし、スタッフは、人から見て「きれい」と思える状態に胡蝶蘭を仕立てなければなりません。そこで、茎が折れないよう細心の注意を払いながら「きれい」と思えるギリギリの位置まで茎を曲げ、湾曲した鉄製の支柱に沿わせるように固定します。こうすることで、胡蝶蘭の魅力である、なめらかな「曲線美」ができあがるのです。
また、「組み」という作業もあります。2株を同じ鉢に植える「2本立ち」を始め、「3本立ち」、「5本立ち」とありますが、その最初の2株は、茎の長さや花びらの大きさなど、同じ雰囲気のものを選び、組み合わせなければなりません。大げさに言えば、ハウスの中に咲いている1万本の中から2本選ぶ作業とも言えます。
ほかにも、「水やり」や「植え替え」などありますが、これらの作業を総称して「仕立て」と呼んでいます。ただそんな仕立ての中で、茎や花びらを傷つけてしまうと商品価値が半減するのは当然。花一輪が取れてしまったら問題外。もはや商品になりません。
さらに出荷前には、花を和紙でくるんでケア。和紙で包まれる花は、そうそうありません。
出荷配送も十分な配慮のもとで
出荷の段取りがついたら、胡蝶蘭を箱に詰めていきます。もちろん、この際も、普通の箱詰めより何倍、いや何十倍と気を遣います。
さらにその箱には、「転倒注意」「天地無用(上下さかさまにしてはいけない)」「温度に注意」といった張り紙が貼られています。配送ドライバーにも運転に気を付けてと念を押します。中から取り出したときにも管理をする上で注意してほしい「説明書き」が同封。
もし何らかのトラブルで箱が倒れたとしても、花が落ちないように補強・固定してあります。
また、冬の時期、遠い場所まで配送しにいく場合もあります。その際は、胡蝶蘭の周りに使い捨てカイロを置き、保温シートで包み、さらには箱の周りに保温するための銀のアルミシートを巻くなど、厳重管理がされています。
値が張るのは愛情代
こうして、胡蝶蘭があなたの手元に贈られるまでには、何十人、何百人もの人の手がかかっているのです。経費も、台湾での栽培費用、苗の仕入れ費用、さらには空輸代、ハウスでの光熱費、出荷までの人件費と、多くのコストがかかっています。1本が1万円になることをお分かりいただけたでしょうか。
生産者が直接売るメリット
だからといって高ければいいというわけではありません。その理由は、生産者からあなたの手元に続くまでに、仲卸や花屋など多くの仲介がされているため、もともとの品質と価格が釣り合わない事例が多数報告されているからです。
そんな中、品質と価格が釣り合っているのは栽培農家が直接売る胡蝶蘭ではないでしょうか。やはり生産者が売りに出した物のほうが安心できますし、何より、
良いものをより安く買えるようになっているのです。お店を選ぶときはこうした「見極め」も大事です。
さて、こうした途方もない手間と労力をかけて育て上げる胡蝶蘭ですが、我々がやってよかったと思える瞬間があります。それは「ありがとう」と言われること。贈られた人はもちろんですが、贈り主からも、「その人に贈ったらすごい喜んで
くれました」と言ってくださいます。やはり胡蝶蘭の価値をそれだけ認めていただいたことになりますから嬉しさもひとしおです。